結婚披露宴のお祝い金に関する思い出

結婚披露宴ではさまざまな思い出があると思う。
結婚披露宴をするというだけでも一大イベントなのに、その場では想像もつかないようなことも起こりうる。
披露宴の前日、私は一人暮らしであったのでその夜も当然ながら一人で過ごしたわけだが、まさか披露宴が終わった後一人でお祝い金をせっせと数えている姿は想像していなかったのである。
なぜそのようなことになったかを、披露宴が始まる前から順に話していきたいと思う。
そもそも私は世間一般で言われているような披露宴ではなかった。
普通皆さんが行うような披露宴というのは、ホテルの宴会場でキャンドルサービスを行ったりということを想像すると思うが、私は知り合いの教会で結婚式をあげたため、披露宴はお店を貸しきって行ったのである。
どちらかというと2次会のイメージが近いのではないだろうか。
その披露宴でも手作り感が強く、妻の知人などに手伝ってもらいながらの披露宴であった。
その知人は場を盛り上げる為着ぐるみを用意してくれたり、ビンゴゲームなど皆が楽しめるようなイベントを考えてくれていたのである。
その披露宴から妻の体調が芳しくないことには気づいていた。
しかし朝から結婚式に披露宴、その前に親戚との食事会といろんなことが重なっていたので、疲労がたまっているのであろうと思っていた。
しかし披露宴が無事終わり、披露宴を手伝ってくれた皆と飲みにでも行こうとなった時、当の花嫁が倒れてしまったのである。
疲れからきていたのではなく、どうやら風邪を引いたようなのだ。
確かに結婚式は2月の半ばであり、どうしてもウェディングドレスは薄着になってしまったのも一因なのであろう。
今からみんなに冷やかされながらものんびり飲もうと思っていた状況が一気に様変わりした。
とにかく電車で帰ることすら出来ない感じであったため、そこからタクシーで帰ることに。
左手には妻を抱え、右手には会費が入ったクッキーの缶を抱えた何とも妙な格好をしていたのを覚えている。
確かタクシーに乗った時間は一時間かそこらだろうか。
途中私も疲労から眠りについていたようで、気がついたら家に着いた感じであった。
家に着いて、妻を布団に寝かせ、次の日の新婚旅行の準備を考えていてふと気づいたのが、お祝い金をどうするか、であった。
今思えば家にそのままの形で置いていても良かったかもしれないが、何せ全部あわせると100万円〜200万円にはなる大金である。
ましてその頃住んでいるのはお世辞にもセキュリティがしっかりしてるとは言えないアパートであったため、置いて行くのは不安であった。
その為そこからお金を取り出す「作業」が始まったのである。
まずご祝儀袋からお金を取り出すのが大変な作業であった。
もしかしたらご祝儀袋からお金を取り出す作業なんだから楽しいのでは無いのか、と思うかもしれないが、それが50を超える数ともなるとただの作業になってしまう。
開いてはお金を確認し、誰からいくら貰ったかをメモに控え、次の袋を開けるという作業を黙々と続けていくのである。
結局すべての祝儀袋を開け終わるのに2時間以上はかかったと思う。
残ったのは尾祝儀袋の山と100万円を超える大金であった。
その大金は次の日旅行先で銀行に入金するまで、私の手提げバックに入れたまま持ち歩くことになっていたのである。

▲ページトップへ